「おうち」復活を目指して
~生命(いのち)の根底がしっかりするからこその現実対応能力~
虚空(フリースクール支援員 兼 就労支援施設グループワーク講師 兼 家庭教師)
教育界だけではなく、社会全体で様々な問題が噴出しています。
またAIの導入をはじめとした社会をとりまく環境も人間の発想の転換が間に合わないほどに急速に変化しています。
そのための対応として小学校段階から「情報教育」「金融教育」・・・・等々の現実対応にむけた教育の導入が叫ばれ、本当の意味での 人間力 をじっくりと育てる時期である初等教育段階で一番やらなければならないことが削られています。
そして何よりも深刻なのが、子ども達だけではなく、大人にとっても大切な 家 が、「おうち」としての機能を失いつつあること。外の世界での現実対応で疲れ切った魂が、復活する場を失い、疲弊したままで翌日も外の世界に向かわなければならない日々。
現実対応の手段をいくら講じても、そもそもの生命力が枯渇してしまっているのですから、効果は期待できません。
上原先生の立場からすれば、そうした生命力はどんどんと内なる無意識の世界からイメージ運動や感情エネルギーとして湧き上がってくるものなのですが、そのあたりが分断されてしまっているように思われます。
ということで、今回は上原先生の語録から おうち意識 に関するものを紹介したいと思います。
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・『家は母胎であり休む場所なんだよ。 「やすむ」とは「いやすむ」であり (注、ヤ行音は生命力を表す音として 捉えている。「いのち」が「澄む」、 つまり生命がより純粋に清らかになっ ていくのが家なんです。」平成8年3月例会 先生最後の例会)
・家っていうのは命のよりどころっていうことがわからないんだ。現代人は『家の思想』を失った。
家の方が大きかったんだもの。個人よりも。日本人は・・・。『個人は家についているものだ』っていうのは日本人の考え方だったんだ。今の人達は『個人がいるから家がある』と思っているから。 (平成三年合宿)
・家っていうものは子どもの生命体としての感性が息づいている。
・『ぬくもり』これが子どもを育てる。
・ねぐらっていうような言い方をすること自体も家のひとつの真理をいってるんだと思いますよ。だから家は休む場所なんですね。日本語の休むというのは『寝る』ことなんです。
『神秘力を眠らせる。』『安らかにしてやる。』先程、誰かが安心と言ったけれど安らぎなんです。安らぎと言うのは、やっぱり『いやすらぎ』なんですよ。『い』の問題を静かな状態に保存していく、それが『やすらぎ』なんですよ。・・・休憩するってことではないんです。
『ねぐら』とは素晴らしい言葉だ。『くら』っていうのは大事なものが入っている、そういう言葉なんだね。建物ではなくて。・・・
・(夜を怖がる子どもが明りをつけて安心する、ということに関して)その安心が逆なんだって。家というのは安らぎを得る所だろ。明りをつけたら生命体が安らぎを失うことなんだよ。だから皆あべこべになっているんだよ。感覚的にね。明りをつけて現実空間に戻ってそして安心するなんて『自分』はもぬけのカラになっているんだ。暗闇になった時、初めて自己にかえって生命体が活躍しているんだ。その躍動を止めちゃうってことだね。
→(虚空 補足)中高生だけではなく小学生の子ども達が、夜中でもスマホで友達とやりとりしたり、ゲームや動画視聴をしているというのは、この観点からいっても大変な問題だということです。
そもそも友達とのやりとりも、自分がその間に寝ていたら仲間外れにされるかもしれないという恐怖にかられての場合も少なくありません。家にかえっても、夜中でさえも、そうした現実対応から逃れられずに絶えず気をつかっているのが少なからず現代の子ども達なのです。疲れ切っていて当然です。
・(子ども)という生命体が生まれ出るところが家なんだよ。その生命体を包んでいるものが家なんだよ。野っ原に生み落とすわけではないんだよ。今度は視力がついた時にその生命体はどんな反応をするのだろうか。奇妙なことだと思うのよ、僕は。顔が見える。家族の顔が見える。皆の顔がのぞき込むんだから。ところがどれ一つとして同じ顔はしていないんだもの。
この生命体は驚くと思うよ。・・・そういう環境の中に生まれているんだよ。同じ自分を包んでくれる人間でありながら、どうして顔がこんなに違うんだろうかと思う筈だと思うんだよ。どうしてって言うのはその理由を求めているわけではないけれども、生命体は生命体の何を勉強していかなくちゃならないかというのは、その生命体を守っているその集団の研究をしていかなくちゃならない筈ですよ。それに名称がついていくわけよ。お父っつあん、おっかさん、じいちゃん、ばぁちゃんっていうのはそうだろ。
だから現代人は本当にバカになってると思うんだ。この生命体を育てるこの組織があるにもかかわらず極めて薄い薄い層の中で生命体を育てようとしている。その家の組織が人間が生きて行く活力を学んでいく材料なんだものな。
家具の新旧なんて、実に簡単だったんだって思うんだよ。だって自分をのぞきこむもの自体が人間の古さ・新しさっていうものをバーッと見せてくれるんだもの。直観的に生命体は生命がどんなものであるかが学べるような仕組みをちゃんと持っているんだ。そして古いやつからくたばっていくんでしょ。
人間がこの家を忘れたら人間は秩序を失って行きますよ。どんなに生命の尊さを教えようとしたって家が崩れたら生命の尊さを学ぶ理由がなくなってしまう。愛情豊かな家に育ったものほど豊かな人間が育つに決まっているんだから。子どもは絶対に大事に育てなくちゃうそですよ。(平成2年9月例会)